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兎ノ森とツクラレシ花 Usagino-Mori’s Diary

小企業勤めの小市民のちみっちいココロとノウで書いてみます(仮)

木村先生への駄文。

慰安婦問題

先生それが結論ですか。

だから、「戦時下における性暴力」という概念をすっとばしたのですね。

だから日韓関係だけに絞ったのか。

 

blogos.com

 

つまりはこうである。

そして見落としてはならないのはこのような動きは必ずしも、韓国のみの孤立したものではない事である。第二次世界大戦後、独立を果たした植民地諸国はその後も嘗ての宗主国をはじめとする先進国の力に抑え込まれ、自国内の天然資源さえ自由に使えない状況が続いてきた。しかしながら、90年代以降のグローバル化の中で、先進国と途上国の国力差は、経済的のみならず軍事的にさえ縮小する事となっている。

 そしてだからこそ今、世界では嘗ての途上国による、古い先進国中心の世界秩序を変革しようとする試みが相次いでいる。その意味においては、19世紀末に遅れて植民地獲得競争に参入した最後の帝国主義列強である日本と、嘗てのNIESのフロントランナーであった韓国との関係は、古い先進国と嘗ての途上国との間の最前線であり、慰安婦問題は更にその中の最前線になっている。

つまり、先生の言うことは

「国際社会の皆さん、慰安婦問題はかつての途上国による、先進国の世界秩序に対する挑戦なんです。のままほうっておくと大変ですよ。今の世界が崩壊しますよ。それが嫌なら分かっているでしょう。」ってことなのであろうか。

グローバルという意味を間違って使ってるような気もするが、そもそも国際社会は多分グローバルに人権問題として慰安婦問題を捉えているが、インターナショナル的ローカライズに考えると慰安婦問題は「国際関係上のローカルな問題」として捉えることができる。

つまり冷戦体制が崩れた今、国際社会へ特に、先進国に対して「途上国からのつきあげされたらこわいでしょう、だから被害者なんてすっとばして国際関係の改善をすすめさせること」なのでしょう。先生の言いたいことは。

 

先生の文章の中にあるように、日韓基本条約に最大に問題があるとすれば、「被害者をすっとばした和解」なんかするから

 一つ目は、条約締結に際して軍事政権期であったにも拘らず巨大な学生デモが行われた事からも明らかなように、1965年の締結当初から、韓国の人々が日韓基本条約及びその付属協定に対して強い不満を有していた事である。

 二つ目は、にも拘らず、彼らがこれを甘受せざるを得なかった背景には、当時アジア唯一の経済大国であった日本と、冷戦下の東西対立の最前線に置かれた貧しい分断国家に過ぎなかった韓国の間の越え難い国力差が存在したからである。当時の韓国は経済的にも政治的にも日本の支援を必要としており、だからこそ当時の韓国の人々は、植民地期に関わる「請求権」の問題に対して、「賠償」と言う語の代わりに「経済協力金」と言う言葉を用い、その金額も当初の韓国側の要求額から大きく後退したこの条約を涙を呑んで受け入れざるを得なかった。しかしながら、90年代に入るとこのような日韓両国の関係は大きく変化した。冷戦の終焉により安全保障上の脅威が大きく減少し、「漢江の奇跡」により急激な経済発展を果たした韓国は90年代後半には「先進国クラブ」であるOECD入りも果たしている。そしてその後もアジア通貨危機リーマンショック等の荒波を経ながらも韓国の経済水準は向上し、来年にはPPPベースで日本の一人当たり国民所得を上回る事さえ予測されている。

 だからこそ韓国の人々は、90年代以降、それまで抑えて来た日韓基本条約体制への不満を解放し、その実質的な見直しを求めている。

 こういうことになってでしょうに。

どうも先生の目的は

このような状況を如何にして大きな破綻なく、スムーズに乗り切る事ができるのかだろう。

なんでしょうが、そんな「被害者をすっとばした解決方法」なんぞ、単なる「臭い物に蓋」方式の「被害者が死んで忘れられてしまえばおしまい」でしかありえないのだ。

重要なのは、問題の重要性と大きさを国際社会に訴え、彼らを議論へと誘って行く事である。その為には例えば世界の影響力ある国際法学者―彼らは潜在的な国際裁判の裁判官候補者でもある―を集めて議論する場を提供するのも一案だろう。変化する国際情勢の中、嘗ての宗主国と旧植民地の間で結ばれた条約は、変化する国際社会と同じく変化する人権意識の中で、どのように解釈され、運用されていくべきなのか。 そして、その中で日本は自らの見解を冷静に述べて行けば良い。慰安婦問題が古い先進国と途上国の関係の最前線である以上、その重要性を理解させる事は簡単な筈、だからである。冷戦下、70年代に作られたG7体制が今や中国やインド、そして韓国をも包むG20体制に取って代わられたような大きな国際的秩序の変化の中で、慰安婦問題もまた動いているのである。

あ、それと先生、台湾にしろ、フィリピンにしろ、オランダにしろ、先生が親日とか言ってる国にも拡大とおっしゃってる問題は、今まで日本政府が、先生が言うところの「冷戦体制」やら「G7体制」やらにのっとって「政府と被害者に泣き寝入り」をさせたから、「冷戦体制の崩壊」「経済構造の変化」という「蓋を割ったとき」にこんなややこしいことになったんだと思うのですが。いかがでしょう。

別にそれらの国にしろ、大日本帝国が行ったことを別に肯定はしてないので。

特に台湾は今後、「台湾における抗日運動」がある種の民族的歴史となれば、親日であっても、明治以降の台湾と日本の歩みがどうであったか問われるでしょうし。

それと慰安婦問題について世界はあくまでも現代的な問題として捉えてるでしょうし。

秩序構築の中の一環として戦時性暴力の問題を人権の問題を捉ええてはいかがか。

国際秩序のために人権に犠牲にすることは肯定できないので。

とりとめのない駄文です。